流れに乗ってみた。ら?

カテゴリ:わたし( 25 )

肩コリ

6月20日から受けている基金訓練。
気付けば、3分の1 が過ぎていました。

というか、実感としては まだ1か月? という感覚。
中身が濃くて濃くて…(笑)。


日々マッサージを受けていて、自分の体を 人に教わります。

私は、『肩コリ』 らしくて………自覚なかったんですが(苦笑)。


時折、ものすごく肩がこって、にっちもさっちもいかなくなることはありますが、
それは本当に時折。

いつもは腰が痛いだけで、肩のことは意識にも上っていなかったのですが…。

「こってるねー」 と言われて、
「えぇ? そうなの?」 って(苦笑)。  知らなかったよ~。


マッサージをしてくれる人が代わる度にそう言われるので、そうなんだろうなぁ………ははは。


言われてみれば、思い当たる節は多々あるのですが、
肩コリではない と思い込んでいたもので…。


病は気から? 意味が違う?(笑)。


「私は、腰痛持ちだけど、肩コリはないんだよね~」 なんて、
わかってないだけでした(苦笑)。

お恥ずかし。
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by taeco0326a | 2011-07-23 17:43 | わたし | Comments(0)

19歳 192か月

今日は、35歳の誕生日でした。

でした…っておかしいですが、なんだか過去な気分。
もう夜ですしね。


友だちからの プレゼントに カードに メール… とても有り難い。

覚えていてくれること
おめでとう と言ってくれること

とてもうれしく ありがたく思います。


永遠のティーンエイジャーに言わせると
『19歳192か月』
だそうですが(笑)。

一体何歳なんだ? って話で(笑)。
朝から吹き出す。 脱力。
力が入っていたつもりもなかったのですが。


そんな誕生日にやっていたのは、
久々のお菓子作り。

今月いっぱいで退職する会社のみなさんへ お礼の気持ち。

チュイルを焼いて~
冷まして~
2枚ずつ 袋入れ~

x 40 + α


やっぱりこういうの 好きだな~と思う。


去年の今頃は、
ものすごく忙しくて、
ものすごく疲れていて、

ニモカカワラズ
毎週のようにお菓子を焼いていました。

パンを焼いた後のオーブンで。

しかも2種類焼いたりとか、普通にしていて、
体は本当にしんどかったけれど、
それでも やらずにはいられませんでした。

疲弊し切った事務所の空気を 一瞬で緩めてくれるのが
私の焼いたお菓子だったから。


お菓子には そういうパワーがあると思います。

なくてはならないものではない。
嗜好品で 贅沢品…なのかもしれません。 特に今は。


確かに、
自分の食べたいものを
好きな配合で
食べ頃を逃さずにいただけるのは、本当に贅沢。 

それを口にした人の表情が緩むのを見られるのは、本当に贅沢。


…意味が違いますね(苦笑)。




チュイルは、母の好きなお菓子でもあります。

昔、
「誕生日は、自分を生んでくれたお母さんに感謝する日なんだよ」
という話を聞いて
あぁそうだよなぁ…と目から鱗。


お世辞でも 「美味しいよ」 と言ってもらえるのは とてもうれしい。
また作ろう! と思います。


今日作った分も、私の手元には残らず。
試食は結構しましたけどね(笑)。

でも、それでいいんです。



心身ともに余裕が出来たら、
お菓子作りも再開しようと思います。
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by taeco0326a | 2011-03-26 23:45 | わたし | Comments(3)

卒業

7月末日となりました。
本日をもって正式に退職。
2001年5月1日入社以来、9年3か月間 勤めました。

入社した時は25歳でした。若かったなぁ(笑)。
ほんの1-2年の腰掛けのつもりで入った会社でした。
この会社で何をしたいとか、出世するぞとか、そんな目標を持つこともなく、
ただ人並みに働いて、お給料をいただくことだけを目的にしていたはずが、
気付けばこんなところまで来てしまっていました。

いろいろなことがありました。
いろいろなことを教えていただきました。
世の中にはいろいろな人がいて、いろいろな考え方があって、いろいろな方法論があることを学びました。

いいとか悪いとか、正しいとか間違ってるとか、
こうすべき とか、人としてどうか とか、
そういうことに捕らわれていては何もできなくなるところに、いつのまにか追い込まれていました。

『無理が通れば道理が引っ込む』

以前は、その無理のあおりを受ける側でした。
ここ1-2年は、その無理を通す側に、自分がまわる場面が増えていきました。

きれいごとだけで世の中を渡っていくなんて無理だと言われました。
あとは自分の決断だと言われました。

決断する勇気が持てなくて、ずるずる居続けました。
体も心も蝕まれていきました。
とうとう限界点を越えて辞める決断をしたとき、スーッと楽になれた気がしました。

1年前、本気で辞めたいと思って、本屋さんで見つけた本に、
『ここでやるべきことはもう何もないと自信を持って言えますか?』 とありました。
『それがあるうちは辞めるべきではない』 『また同じことの繰り返しになるから』 と。

それを読んで、やるべきだろうと思ったことはすべてやりました。
やって1年、結局中身が入れ替わっただけでした。
もうここにいる意味はないと思いました。
それでも、実行に移す勇気を持てないまま、日々を過ごしていました。

機会は向こうからやってきました。
あーもーいーや… そう思ったら、
封印してきた 『退職』 の言葉が、するすると解けるように出てきていました。
そんな自分を俯瞰している自分がいました。

私の口から「退職」の言葉を引き出すことに成功した上司のホッとした顔を
穏やかな笑顔で見ている私がいました。
ホッとして本音をボロボロこぼす上司をフォローしていました。

上司を車で事務所に送り届け、翌日も何事もなかったかのように仕事をしました。
気を抜くには、残された時間は長過ぎました。


その日から5か月ちょっと、ようやくこの日を迎えました。
正直長かったですが、長さの分、引き継ぎも余裕を持ってすることができたように思います。
引き継ぎのファイルも、かなり細かく掘り下げて作りました。
もうここでやり残したことは何もない…そう言い切れるところまでやりました。


先日、制服を返しに、久々に事務所に行きました。
心を決めて、ドアに手をかけました。

入ってしまえば あとはいつも通り。
事務所には女性2人しかいませんでした。
見慣れた風景。でも、
あぁここにいたな…と思ったのでした。
私の中では、既に過去になっていました。


制服の梱包をして、質問に答えて、お礼のお菓子を渡して、挨拶をして、事務所を出ました。
時間にして15分弱。
9年3か月の幕切れは、とてもあっさりしたものでした。
こんなにすっきり辞められるとは。

悩んでいたあの日々は何だったのでしょう。
『決める』 かどうか、なのかもしれませんね。 

結論を先延ばしにしてきたあの日々も、いつか私の糧になってくれるのでしょう。
あの日々があったからこそ今があるのだと言える日が いつかきっと来ると信じたいと思います。


今日保険証も返送しました。
まだ本社とのやり取りは若干残っていますが、今日で晴れて卒業。
よかった。


ちなみに、お礼に持っていったお菓子はこちら。  
d0169613_18285578.jpg

X5セット。 5人分。
これに パン・ペイザンのハーフもそれぞれつけて。

お礼と感想のメールをいただきました(笑)。
わざわざありがとう。


長い間、大変お世話になりました。
どうもありがとうございました。
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by taeco0326a | 2010-07-31 19:08 | わたし | Comments(3)

プチリセット

5か月振りに髪を切りました。

前回切ったのは年明け早々。
まだケガをする前。
転勤の話も出る前でした。

この半年で変わったことがいくつか。
でもそれは、
積み重なってきたものが、たまたまここで具現化されただけのような気がします。

ずーっと思っていたこと、去年の夏に決めたこと、無理のツケ
それらが目に見える形で表出してきただけ。


足をケガして動けなくなったこの数か月間、噛み締め続けたことがひとつ。
『無理はしない』
って、なんだか後ろ向きなようですが、そうではなくて。


週の半分は必ず倒れていた生活を4か月間続けた、1年と少し前。
心を殺して、頭で引っ張って、頑張りました。
無理に無理を重ねて、限界なんて何度越えたかわからないくらい。
その4か月の記憶はほとんどないのです。

その余波から体調が戻らないまま迎えた新年。
ケガはとどめのような気がしました。

まともな心身でいたいというのがまず一番。
やりたいこと、行きたいところ、いつでもいける自分でいたいから、
自分の体力・体調と相談することを覚えました。

ケガをしたのは私の不注意です。
でもそれも、
無理に無理を重ねたところで起きてしまったアクシデントでした。

無理だと、出来ないと、言えませんでした。
どんな無理をしてでも、やるしかないのだと思い込んでいました。

1年前、通らなければ辞める覚悟で出した業務改善案が通りました。
でも、結局は、また別の形での一極集中。
一度希望の光が射した気がしただけに、ダメージは当初よりもさらに大きなものになりました。

で、その結果が歩くことさえままならないケガ。
そんな状態でも、病院に行けたのは、その1週間後でした。

無駄な責任感と、妙な義務感で、事務所を空っぽにすることができなかった。
痛みのあまり、意識が遠のく瞬間まであったにも関わらず、いつも通り出社していました。
あほですね。本当に。

足もほぼ完治して、
辞める日が近づいてきて、
元からいるメンバーへの引き継ぎはほぼ終えて、
新しい人への引き継ぎが始まって、
なんだかどうしても切りたくなって、15cm位バッサリいきました。
頭が軽い!
こんなに短いのはひさびさです。

次に来るときはどんな私になっているのかな…と思いながら、カットされていました。
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by taeco0326a | 2010-06-13 02:10 | わたし | Comments(0)

あと1か月

7月いっぱいで、
勤続10年目になる、今の会社を辞めることになりました。
有休消化のため、最終出勤日まで、あと残り1か月。
ようやくここまで来ました。

俗に言う『肩たたき』
今年の2月某日、直属の上司に、決算終了後の千葉転勤を言い渡されました。
女性事務職の転勤など前例のない会社で、生まれも育ちも札幌の私にとって、
それはイコール退職勧告でした。

毎年行われる人事考課で、A評価は社員のほんの数%
そのA評価を受けていた慢心でしょうか。
自分がリストラ対象になるとは思ってもみませんでした。

ここ1~2年、特に厳しい勤務状況が続いていました。
人員削減のあおりをまともに受け
激務で体を壊した上に
労災扱いになるケガまでしてしまった直後の『肩たたき』
これが流れなんだと思いました。
もし仮に、無理矢理残って転勤したとしても、
遅かれ早かれ辞めざるを得ないことになるのだろうと思いました。
今ここでこの流れに乗ったほうが、結果的に自分もラクになれる…そう思ってしまったのでした。

このご時勢に、会社を辞める…なんて、現実的に考えてはいけないと思ってきました。
辞めたいと思った瞬間は、幾度となくあります。
でも、
職を失うということや
その結果自分に訪れる苦しみが
超氷河期に就職活動をし、2度の転職を経験した私には、骨身に染みていました。
職があるだけでも有り難い…そう自分に言い聞かせることで毎日をやり過ごしてきたのです。

今までの私は、流れに乗ることができませんでした。
超低空飛行な毎日でも、大きく変わることのほうがこわい気がしていたからです。

それでも、やりたいことはやろう!と少しずつ動き出してから3年目を迎え、
とうとう大きな流れに乗ることになりました。
本当はこわいんですけどね。
でももう、選択の余地などないところまで来ていたのでした。

で…、流れに乗ってみました。
さて、
流れに乗れなかった私が流れに乗ると、
一体どんなことになるのでしょう。
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by taeco0326a | 2010-06-09 00:58 | わたし | Comments(0)
流れ流れて、北海道の東の端で 大人の女性のための 華やぎブローチをつくっています。
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